今日、子供を学童保育に迎えに行き、車の助手席に座ったところでこう言いました。
「今日ね、しあわせなことあったよ」
ほうほう!幸せだったとな。
それは実に素晴らしい。
父ちゃんにその内訳を教えておくれ。
「はい、これ」

葉っぱ?
「うん、学校の玄関の前のもみじの木があるでしょ、その木に真っ赤なはっぱがあったの」
ふむふむ。
「どんなに雪が降っても一枚だけずっとあって、色もずっと綺麗なままでスゴイんだよ」
ほうほう。
「それがね、今日わたしの手に落ちてきたの!」
なるほどなるほど。それでそれで?
「…終わりだよ?」
…。
終わりかい!
「…あと、掃除も給食も休み時間もずっとコウタと一緒だった」
「この葉っぱも一回、風で飛ばされたんだけど、コウタが走って取りに行ってくれたんだよ」
そういってなんとも嬉しそうに口元を手で覆いました。
おや?
オマケのように話した二つ目の方が嬉しそうですけど??
幸せは身近なところにあるし、執着もしない方が良い

でも言うとおりだね。
幸せは「幸せレベル○○以上じゃないと認定しません」なんてルールはどこにもなくて、本人が幸せに感じたならそれは幸せなんです。
持って帰った葉っぱはさぞ大切にするのかなと思いきや、床に放置してたせいで犬によって即破壊。
娘は10秒くらい怒ってましたが、20秒後にはお菓子食べてテレビ見て笑ってました。
きっとそのくらいが良いんです。
幸せはすぐそばにあるし、そのくらい身近だからすぐに無くなります。
でも怒ったり落ち込んだりもせず、また次の幸せに目を向ける。
まったく、子供に教えられてばかりですわ。