物語の導入部。
まずはこちらをご覧ください。
・・・
「お姉ちゃん、元気にしてるかしら…」
ぼそりと、フミコは言った。
16歳にしては大きな体。(60cm)
決して美人ではないものの、別段引け目を感じることもない平均的な容姿であったが、彼女は必要以上にコンプレックスを感じながら生きてきた。
道すがら行き交う人は私を見てこう言うだろう。
「やあい、桶だ桶だ。おらの着物も洗ってくれろ」
そう。私は洗濯桶。
杉の板を金具で繋いだ日から、どんな汚れものだって洗うと決めた。
それなのに…この気持ちはどうだろう。
恥ずかしい、情けない。
こんな気持ちでは、私の底板から水一滴もらさぬよう作ってくれた棟梁に申し訳が立たないのだ。
前を、前を向こう。
下を向いていてはいけない。
(水がこぼれてしまうから)
私たち姉弟の為に一人奉公に出た姉の為にも、私がしっかりしなくては。
・・・
「元気にしてるべ、あそこの旦那は村一番の金持ちだ。それに姉ちゃんはおら達と違って全自動だし問題ねえべ」
少しガラついた声で、あっけらかんとイタオは言った。
刈り込まれた丸坊主の頭に汗を光らせ、13歳の彼(洗濯板)は言葉を続ける。
「あ~おらもコンセントの穴にぶっさしときゃ仕事が終わる体だったらいいのによう」
彼は今、放課後の野球部の練習を終え、自分の役目である洗濯の真っ最中だ。
その声は相変わらずひどく枯れている。
数か月前に喉の違和感を覚えるも「部活で声を出し過ぎたせいだろう」と決め込んでいた。
しかし、それが自らの体の変化のひとつであったことには後から気付いた。
気にしたところでどうしようもないので、開き直って生活している。
この1年で心も体もずいぶんと大きくなった。
(板なので体の方は気のせいである)
少年から「男」へ変わろうとしている体は、それまでストンとしていた腹にも見事な六つの割れ目が表れつつあった。
(それは洗濯板の切れ込みである)
そのさっぱりした性格が羨ましい、とフミコはいつも思う。
私にも、自分ではどうにもならない事を素直に受け入れ、堂々と胸を張れたらどれだけ気持ちが楽だろう。
(桶なので胸らしい胸はないのだが)
性別の違いだけではない、自分との差。
ただ、そんな弟がそばにいてくれることはフミコにとって、とても頼もしかった。
一方イタオはイタオで、いつだって自分のことより他の誰かのことを気遣うフミコを心底尊敬しており、
父親のいない我が家でたった一人の男である自分が、姉を支えようと思うのであった。
(一枚板なので支えることはできないのだった)
「ところでイタオ。あんたの着替え、もうあたしで洗わないでおくれ」
「…な、なんでだよう」
「部活の練習で汚れた服はいいけれど、ふんどしのアレはちょっと、ね…」
フミコは少し恥ずかしそうに、でもおかしくて仕方ないといった顔で言った。
「なっ…!」
なにか心当たりがあるのかみるみる顔が赤くなる。
「あんただってあたしに見られるの嫌でしょ?」
「…」
返す言葉が見つからず、思わず手ぬぐいを洗う手が止まる。
「しょ、しょうがないだろ!朝になると勝手に出ちまってるんだから…」
「ふうん…そんなことを隣村のカズミちゃんが知ったらどう思うかしら」
「カ、カズミは関係ねえだろ!」
イタオはその場を逃げだしたい気持ちだったが、もし仮にカズミがそれを知って軽蔑でもされたらと思うと、胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。
一枚も二枚も上手な、いじわるなことを言う姉から早く距離を置きたくて、洗濯の手を強める。
「でもさ、真面目な話、あれは何度も付くとシミになっちまうから、本当にどうしようもないならチリ紙でも挟んでおくんだね」
「…うん」
恥ずかしかったけど、気遣いで言ってくれていることをイタオは分かっていた。
そして、ちょっといじめすぎたかな、とフミコは思うのだった。
抜けるように晴れた秋の一日。
もうすぐ沈む夕日に目を向け、フミコは顔を上げて言った。
「こんな時、姉ちゃんがいてくれたら良かったのにね。」
「…うん」
イタオは、少しだけ声が震えて、自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「姉ちゃんがいたら、ビートウォッシュ洗浄であんたの恥ずかしいシミだって根こそぎ落として、さらにエコナビで電気代も節約、プラズマクラスターで洗濯層もいつもピカピカで、なんなら洗濯後にヒートポンプ乾燥でカラカラに乾かしちゃうことで、あんたの制御不能で四六時中、洪水ヨロシクなあそこから溢れ出る精子のシミが付こうが付くまいが、もう外に干す必要すら無くなって、ご近所はおろかこの世の誰にも夢精してるなんてバレないのにね。」
(姉ちゃん…早く帰ってきて…!)
・・・
―――その頃、お洗は。
ピーピーピーピー
「だ、旦那様…もう電器屋さんを呼んでください…」
「ならぬならぬ!あと50回ピーピー鳴ったらぐりぐりしてやるぞムハハハハハハ…」
「はやく…はやく脱水して…でも洗濯槽が完全に止まるまでは手などは決して入れないで…!」
「愉快愉快!」
完