◆田舎で生活10年目!◆

たまたま流れ着いて始まった田舎暮らしも10年が過ぎました。もう僕は都会ではいきられません。

妻の妊娠。今日はありったけの気持ちを込めて書くよ!

こんばんは!

今日は大切な事を書くので、ちょっとだけちゃんとします(笑)

「普通」の幸せ

僕ら夫婦は、これまでぼちぼち幸せに暮らしてきました。

大きな病や事故に遭うことも無く、人も犬もぼちぼち元気。


仕事でもプライベートでも、

時にはトラブルもハプニングも起きるけれど、衣食住に大きく困ることもなく、

今の生活を賄うだけの収入を得られる仕事があって、

畑仕事を通じて、地域やお年寄りと仲良くなることができて。


そんな「普通の日々」がとても幸せです。



時々、メディアなんかで世の中の「成功者」とか「勝ち組」とか呼ばれる人を目にしては、

「自分もあんな風になれたらいいのに」とか「我が家もこんな生活だったらなぁ」とか、

そんなことを思ったりもしますが、それでも自分で選んだ生き方が出来ていることの幸せと

そして、自分の身の回りにある「平凡な日常」のありがたさ。そういうものは忘れないようにしようと思っています。

(これ、きっと都会から田舎に移り住みたいと考えている人には必須条件です(゚∀゚)v)



田舎は不便です。

なにかと面倒だし、じじばばも厄介だし、給料も安いです。

でも不便だからお互いが助け合うし、

面倒だから人と人の結びつきが出来るし、

ジジババは色んなことを教えてくれるし、

給料安いのは…うーん、節約してなんとかしましょう\(//∇//)\


・・・


そんな、ありふれた幸せな日々の中、

卑しくも僕らには、さらにまだ「叶えたい願い」がひとつありました。


それはお金でどうこうなるものでもなく、

でも、それが叶わなかったからといって「不幸」というわけでもなくて、

これまで通りの「幸せ」な日々が続いていくだけ。


それでも思い描く理想の幸せの中には、僕ら以外の人物がいました。


そう。

叶えたい望みとは「子供」。


夫婦から「家族」になりたかったのです。



丸5年、経ちました


僕らは2012年の1月27日に籍を入れました。

「最初の1年くらいは夫婦二人の時しか出来ない事を」と思い、しばらく子供は考えていませんでした。

やがて「そろそろいいかな」と考え始めたはいいものの、1年経っても(結婚二年目)もご懐妊の様子は無し。


(あれ?そんなこともあるのかな?まあ焦らず焦らず…)


世の結婚した夫婦は、普通に「夫婦としての生活」を送っていれば8割の確率で「1年以内に子供を授かる」のだそうです。

しかし、2年目(結婚三年目)もとうとうコウノトリが訪れることはありませんでした。


(これはどうしたことだろう?病院で診てもらった方がいいのかな?)

(次の春までに出来なかったら今度こそ診てもらおう…)

(いや、今度こそ次の春までに…)


そんなことを考えている内に5年という日々が流れました。


・・・


本当に子どもが欲しいなら、さっさと病院に行けばよかったんですけどね。

世の中には不妊で悩んでいる人も、治療を行っている夫婦もゴマンといます。

子供が欲しいのだから当たり前の行動だと思うし、

お互いを思っているからこそ、自分たちの子供が欲しいと思うのも自然のこと。

でも僕らはそれをしませんでした。

不妊治療にはたくさんお金がかかる、ということもありますが、

それ以上に「治療して授かる」ものではない、という思いがあったのかもしれません。


(逆に言えば、「子供が欲しい」という気持ちもその程度だったのかも…?)



結局、病院で診てもらうこともないまま、心のどこかでは

(ああ、うちには子供は出来ないのかもなぁ…)

(それならそれで夫婦二人なりの幸せを見つけよう)

と思うようになっていきました。



それなのに。


頭では分かっていても、心の方は合点がいっていないんですよね。

例えば、それぞれの甥っ子や姪っ子、または同僚や友人の子供などに会って、

ひとしきり楽しい時間を過ごした後、

「それじゃあまたね」と別れた先に、不意に訪れる妙に静かで空虚な時間。


まるで僕たち夫婦は、

夫婦として、家族として、

何かが欠損しているような、不完全なのような…。

お互い口にはしませんでしたが、そんな悲しい気持ちになったりしたのでした。


はじめての陽性反応

そして今年の1月30日。

妻が実家の帰省から戻ってきて、僕が風呂に入っていたら、

「うそ…!できた!できた!」と叫びながら浴室に入ってきたのでした。

・・・

そして翌日、すぐに産婦人科へ行き、

「おめでとうございます」と言われるとばかり思っていたら

「また1週間後に来てください。」

「切迫流産になりかかっています。」とのこと。


え~そんな…(´;ω;`)


でも本来、そういうものなんだそうです。

お母さんの体の問題でもなく、お父さんの精子の問題でもなく、

本来、一定の割合で赤ちゃんは流れてしまうんだって。


今は妊娠検査薬の性能が良くなったので、その「自然選択」が完了する前に

「お母さんの中で受精した」という事実だけが判明してしまうがゆえ、

結果的に「流産」という言葉が使われます。


そして、妊娠12周目まではその確率が比較的高いのだそうです。



お腹の中の赤ちゃん。

どうか頑張って…!


なんとか残留。

妻の職場の方のご厚意で、当面の仕事は休みとなりました。

(本当にありがとうございました)

ずっとハラハラしたまま、何事もなく時間が経つのを待ち、

そして次の検診で、ようやく晴れて「妊娠」のお墨付きをいただいたのでした。

・・・

それからは日に日に重くなるつわりに耐えつつ、

本日、無事に13週目を迎えることが出来ました。

とりあえず良かった~。


父ちゃんもがんばる!

まだ健康に生まれてくると約束されたわけではありません。

でも、現在すごく大変な思いをしている妻と、

大きくなっていくお腹を見ていると

「おれもがんばらなきゃ!」と思うばかりなのです。



日常を「当たり前」だと思わない


手が見えてきた(゚∀゚)

無事に生まれてきてくれたと仮定します。

今は授かったことだけでも大喜びしているのに、

その内、「算数の成績が悪い」とか「友達と仲良くできない」とか

なんだかんだと悩みごとを見つけていくと思うのです。


・・・


家族がいること。

なかなか子宝に恵まれなかった僕らには全く「当たり前」のことではありません。


元気でいること。

がんで死んだ父が、何よりも願っていたであろう「日常」の幸せ。



僕はアホなので、

きっと「幸せ」についてはコロリと頭から抜け落ち、

目の前の小さな問題に心底悩まされることでしょう。



僕は「イイとこ無し」の自分のことをある程度わかっています。

だから、何でもできるカッコいいお父さんにもなれないだろうし、

お手本になるような正しいお父さんにもなれないと思います。



でも、「家族が元気でいること」の尊さだけは、

それだけは、何があっても教えてあげられる父ちゃんになりたいです。




長々とすいませんでしたm(._.)m

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