こんにちは!
あんなに晴天続きだった土日。
日が暮れてから弱い雨が降り始め、今朝まで強めの雨が降っていました。
晴れた日に比べて、雨降りの日は最高気温こそ上がりませんが、最低気温は結構高めで暖かったりしますね。
こういう天候を繰り返して、季節は進んでいくんでしょうね~。
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皆さん、ギャッベと呼ばれる絨毯はご存知でしょうか?
今日は、貧民が死ぬほど悩んでお高い玄関マットを購入したお話です。
僕は貧人ですが、割と物は大事にする方だと思います。
長持ちしない安物買いをするくらいなら、高くてもず~っと使えるものを買いたいと考える性分です。
その結果、「お前いっつも同じの着てるな」とか言われたりしますが、
それに関しては安物をひたすら着続けているだけですけど、それが何か( ̄∀ ̄)
どうせ着る本体がブーなんだから、服なんてどれ着ても変わらないんだよ…
(´;ω;`)
ギャッベ(ギャベ)とは…
イランの南部に位置する「南ペルシア地方」に暮らす、カシュガイ族(またはルリ族)という遊牧民族によって、古くから織り続けられてきた手織り絨毯のことです。
共に生活する羊の毛を刈り、紡いだ羊毛を草木染で染め、膨大な時間をかけて1枚を仕上げます。
その織り方は、母から娘へ代々受け継がれ、
人生はギャッベの上でおしめを替えるところから始まり、
結婚の際には3枚のギャッベを織り上げ嫁入りするのだそうです。
(こういうのが大好きなんです。
楼蘭王国の娘の髪の話とか…)
またこの地方は、とてもゴツゴツとした岩の散らばる荒涼な大地が広がり、そこで生活するための絨毯ですから非常に丈夫です。
現地の人たちは絨毯に上がる際、靴を脱いだりしないので土足でガンガン踏みつけます。
それでもまったくくたびれることなく、むしろその過程の中で柔らかくなり風合いも増し、その耐久性は100年にも及ぶそうです。
ギャッベのデザイン
カシュガイ族が生活する大自然がモチーフとなっており、ひとつひとつの色と絵柄には意味があるとされています。
赤=太陽、
青=オアシス・水、
黄=豊穣、
緑=草原・生命の循環
鹿:鹿はいつも子供の傍に寄り添い、大事に子育てをする=家庭円満
生命の木:樹齢の長い樹=健康・長寿
(写真の向き、どっちが上だったかな…(//∇//))
窓:幸せがやってくる=招福、魔除
ザクロ:子孫繁栄などなど
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こちら飛騨では、オークヴィレッジさんという木工のメーカーの本社にて定期的にギャッベの催しが行われております。
このオークヴィレッジのコンセプトも、「100年かけて育った木で作ったものは100年使えるものを」というもので、
その品質はずば抜けて優れており、いつも遊びに出かけるたびに財布の紐が緩みそうになるところを…すかさず財務省が「NO!」と制止する、というやり取りが恒例となっております。
そして毎回、ギャッベのイベントの度に僕の脳内には販売員さんのウンチクばかりが蓄積され、
欲しい欲しい…でも高い…うちにはゼイタクすぎる…と頭を悩ませ、結局は買えずに、その日の晩は枕を濡らす日々なのでした(笑)
でも僕は、このギャッベを初めて見た時から、
このひとつのものを大事にするという考え方と、願いの込められた絨毯ってヤツにノックアウトされてしまい、いつか自分の家を持ったら、きっとこういうものを置こう!と心に決めていました。
※ちなみに現在、オークヴィレッジさんでは、コーヒー器具のメーカー「カリタ」とのコラボレーション企画も並行して行っており、これもまたバツグンにカッコいいアイテム達が並んでいました…。
もう欲しい物だらけ。でも買えない物だらけ。
「ギャッベ」の由来
…ただね、ひとつだけ気に入らないところ、というかむしろ気になってしまうところがあって、
それはこの「ギャッベ」という言葉の由来に起因しておりまして。
今でこそギャッベは市場性が出てきた関係上、1cmほどの厚みで織られているギャッベですが、
それよりも以前は、生活をする上での快適性を重視し、なんと5cmもの厚みがあったそうなんです。
たしかに5cmも厚みがあれば、どんなにゴツゴツの大地の上でも気持ちよく眠れるでしょうが、彼らは遊牧民ですから次の場所に移る時に、これらを持って移動するするわけですよね。
「厚さ5cmって巻くのだけで一苦労じゃね」
「不便だよね〜絶対」
と、このように、同じくイランの中で一大産業となっていたペルシャ絨毯業界からは軽視され、ディスられていたんだそうです!
そこで付いた名前が「ギャッベ」。
英語に直すなら「garbage」。
そう、つまり「ゴミ」のこと…。
まったく酷い話です。
丹精込めて織られた絨毯に「ゴミ」なんて名前を付けたくせに、その品質と芸術性が認められた途端に手のひら返しやがって!
(もっともそんな市場の一連の流れの先に、僕の手元にもやってきた事実があるわけですが…)
・・・
今も取引の際には「そのギャッベをくれ」とか言うんだろうか…。
当事者たちにとっては貴重な収入源なのでしょうが、なんだかちょっと釈然としないのです。
そうかといって、今さら「ギャッベ」という名前だけ変えても無意味のような気もしますし。
そこで「織り手さん達はこの収入のおかげで結構良い生活が出来てるんですか?」と聞いてみたら
「昔と変わらず質素な生活を続けていますね」と言っていました。
それが遊牧民としての考え方ならいいけれど、もし商売上手なバイヤーに買い叩かれているのだとしたら、その片棒を担いでいるのは最終的に購入する僕らだったりするわけで…。
こんなに素敵な商品ですから、買う方も売る方も幸せになるような流れであったらと思うのですが、お金が絡むとなかなかそう上手くいかないのが世の常でありまして。
僕に出来ることと言えば、今回買わせてもらったものは生涯、大切に使うこと、だと思います。
今、良い物を揃える
正直、僕にはそんなにお金はありません。
全く無いこともないけれど、世の中の平均所得よりは下だと思います。
そんな僕が、こんなお高い物を買う理由。
それは最初にも書きましたが、良い物は長く使えるからです。
「玄関マットごとき、そんな長く使える良いものを置く必要あるか?」と言われてしまえばそれまでですが、玄関は家にとって非常に大切なところですし、
また、いつか子供が出来た時(出来ると良いなぁ…)、その子が巣立つ時にも渡せるような、長~く使えるものって、現代にはそうそう無い気がするんです。
その子が「いらね」って言う可能性もありますけどね(笑)
そんな屁理屈をこねて思いを込めて、財務省を口説き落としました。
幸せを願って作られたギャッベのせいで、来月のクレジットの引き落としの際に嵐が起こらない事を、今はただただ願っています!
(今回、画像の使用には許可を頂きました)