◆田舎で生活10年目!◆

都会を逃げ出してきて、気が付けば田舎暮らしも10年が過ぎました。

ありがとねと笑顔で送り出したい

こんばんは。

今年はなんだか春の訪れが早いですね。

暖かな日差しの下、小川の土手を皆んなで散歩したいなぁ。

覚悟を決めなくちゃ


実はさっきまで長々と事の経緯を書いていたのですが

全部消しました。

もう経緯なんて、あまり意味ないなと思うから。


単刀直入にいえば

僕のハンドルネームでもある「あまご」。

そして僕が飛騨で過ごした13年を共に歩んでくれた

大切な大切な家族である柴犬のあまごに

もうすぐお迎えが来ようとしています。

大変な冬でした


この写真、たった3週間前に撮ってるのにな…

あまごはこの冬、何度も手術をしました。

もうおばあちゃんなのに、何度もメスを入れるなんて可哀想でした。

でも薬では小さくすることができず、切っても切っても腫瘍は再び大きくなり、

とうとう治すことはできませんでした。


一昨日、大きな手術を終えました。

体重10kgの体から、2kg近い腫瘍が切除されました。


手術後の検査の結果、すでに全身の至る所への悪性細胞の転移が見つかりました。


もう頑張らなくてもいいんだよ

あまごはまだ病院でがんばっています。

でももう体はボロボロ。

「治せないのならせめて最期は一緒に」

誰しもが考えることです。

僕も今日の今日までそう思っていたし、先生にもそう告げました。


でも先生は言いました。

「そうですよね…お気持ちはよく分かります…。
でもそれは人間側の都合の考え方なんです。

今、病院から連れ帰ったら、間違いなく苦しんで、痛い思いをして最期を迎えます。

それでも自宅で看取ることが本人(犬)にとっての最善なのか…難しい選択ですよね…」


…うーん…確かに…それは嫌だ。


今の一番の願い。

それはもう、病気が治ることではなく、あまごが痛い思い・苦しい思いをせず

穏やかに残りの時間を過ごしてほしい。

これに尽きるのです。



もちろん一緒にいたいです。

できれば1分でも1秒でも長く一緒にいたい。

でもあまごが痛くて苦しいのは嫌なんです。


今の病院では面会も基本禁止。

なぜかというと、抱きしめたり撫でたりすると

犬はその後、飼い主さんに置いていかれたと思ってしまうんだって。

うちのあまごは特に寂しがりやなので、

僕らが会いに行き、帰っていくたびに寂しい思いをするのでしょう。


最近の研究では、面会を伴うお見舞いが少ない方が入院期間も短いということが論文なんかでも発表されているんだって。へぇ…。



陰から会ってきた

「でも…じゃあ僕らは病院から「今亡くなりました」という連絡を待つだけってことですか?」

「もうこのまま一度も会えずにお別れするってことですか?」



「…そう…ですよね。では…今は眠っていますし、少しだけ顔を見ていかれますか…?」



僕らは診察室のドアを開けてもらい、

廊下の先に置かれたケージの中にいるあまごを、少し離れたところから眺めてきました。









奥さんは泣いていました。

泣くお母さんを見て、娘も悲しそうでした。



あまご、ごめんな。

もっと幸せな、あったかい最期を一緒に迎えたかったのにね。


でも幸せだったよな。

おれもお前も。


最後の最後がちょっとだけ残念だったけど、

これまでの13年が幸せだったんだから、

それはきっと良い生涯だったと思うんだ。



死んじゃったらきっと悲しさでいっぱいになってしまうんだろうけど

今は寝る前のわずかな時間、

あまごと過ごした色んなことを思い出して、あの頃の幸せな気持ちを思い出してます。


長い旅に出てしまう前でも後でもいい。

あと一回だけ、どこかでギュッと。

痛いくらいギューっと抱きしめさせてな。



あまご。

ずっと大好きだぞ。

世界で一番大好きだぞ。


本当にありがとうね。

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