◆田舎で生活10年目!◆

都会を逃げ出してきて、気が付けば田舎暮らしも10年が過ぎました。

今度の金曜ロードショーは「火垂るの墓」

こんばんは。

コチラは今、桜が満開です!

今週末は春の高山祭。

それまで桜が散らないと良いなぁ。

高畑勲監督、亡くなる

今月5日。

高畑勲監督が82歳で亡くなられました。

今度の金曜ロードショーは、追悼企画として「火垂るの墓」を放送するそうです。

ネットでは「監督の死去に便乗して視聴率を狙ってる」と話題だそうですが、

それはさておき今回も見なくっちゃ。

・・・

そして、同作品が好きな人、ぜひ見ていただきたい映像があります。

www.youtube.com

ちょっと長いんですけどね。

なるほどなぁ、と思ったのを覚えています。

初回は「かわいそう」、2回目以降に思うこと

多くの人が、見ながら思ったことがあると思います。

「清太ぁ…それはあかんやろ!」

(影響されやすいのでつい関西弁に(°▽°))


・・・

清太くんは「ええとこのぼっちゃん」だったんですよね。

それも海軍のお偉いさんのご子息。


これまで何度かドラマなどにもリメイクされている「火垂るの墓」の中で、

必ずキーパーソンとして登場する「親戚のおばさん」に、多くの人が「いじわるだ」「ひどい」と思ったことでしょう。

そして清太は決断します。


「おれは一人でもやれる!自分の力だけで節子を守ったる!」


おれはまだ本気出してないだけ、的なね。

しかしその後の暮らしは…皆さんもご存知の通り。

悲しい結末を迎えます。


・・・


高畑監督はインタビューの中で言っています。

清太に同情的な意見が多数ありまして、私としてはそれは意外でした。

というのも、清太は非常に今の子供に似ていると感じました。

あの時代でありながらそれなりに貯金があったため、

清太はおばさんに頭を下げたり屈服せずにやっていけると思い、何とかやっていけると感じたのです。

清太が不運だったのは、今の子供と違って(お母さんが病弱だったために)清太は家事が出来るのです。

そういう自信があったから自分たちでやっていけると感じてしまったんですね。

こういう「あり方」っていうのは、今の子供に非常に似ていると思います。

人々と何とか折り合いをつけて、屈辱的であっても頭を下げるときに下げなくてはいけない。

もっと過酷な状況の中で、歯を食いしばって生きている人たちがいた。でも清太はそれをしなかった。

難しいですよね。

裕福な家に生まれたのは清太のせいじゃないし。

いきなり「時勢を見ろ!生活を改めろ!」って言われたって

なかなか子供にゃ対応できなかったことでしょう。

マイホームとか核家族とか、

個室やオートバイを子どもに与えるとか、

おとなもみんな清太になりたがり、自分の子どもが「清太的になること」を理解し認めているんじゃないんですか。

社会生活はわずらわしいことばかり。

出来るなら気を許せない人づきあいは避けたい、自分だけの世界に閉じこもりたい、それが現代です。

それがある程度可能なんですね。


あの時の清太の気持ちが、今の現代人である我々の感覚に近いんだって。


ちょっとわかるかも。

誰しも、そういうところがあるのではないでしょうか。


・・・


かくいう、「田舎」に理想を求めてきた自分も、

まったくもってそのポジションに位置する人間でした。

いや、今だってそうかもしれません。

都会で、社会で、見たくないものからは目を背け、

家庭で、地域で、会社で、責任を持つことから逃避してきました。


そのくせ、心のどこかでは他者との深い関係を持ちたかった。

ひとりぼっちはイヤで、でも誰とも繋がりを感じられないのは寂しくて、

ふらふらとあったかい方へ寄って行って、やがてある程度仲良くなると

今度は他人からの過干渉がうっとうしくなって。



しょーがないのよ。

にんげんだもの。


にんげんだもの。


最強の無敵ワード by みつを氏。


清太はがんばった


それでもね。

やっぱり清太はがんばったと思うのです。

妹を気遣い、妹のために盗みを働き、妹の笑顔のために精一杯がんばったのです。


町外れの林の中で、自らの手で妹の亡骸を焼く14歳の心境。

その情景だけで、涙をさそわずにはいられません。

またそんな時代が来る?

少し話はズレますが、これから先、世界的な「食糧難」や「水不足」が予測されています。

面積も小さく、なにかと輸入に頼る日本は、ことさら顕著です。

経済は大きく変わり、中流層が大きく目減りし、

増加する「富裕層」と「低所得層」の差は広がるばかり。


自分だって、もし明日の仕事帰りに事故にでも遭ったら、

大切な家族が大きな病気にでもかかったら。

その瞬間に家計の内訳も大きく変わり、あっという間に貧困層です。


今晩、家族の皆が笑顔で食卓を囲めても

明日にはそれは無いかもしれない。


戦争だっていつ始まるか分からないし、

例の半島からいつミサイルを撃ち込まれても不思議じゃないです。



高畑監督はこうも言っています。

もし再び時代が逆転したとしたら、

はたして私たちは、「清太に持てるような心情」を保ち続けられるでしょうか。

全体主義に押し流されないで済むのでしょうか。

清太になるどころか、未亡人以上に清太を指弾することにはならないでしょうか

そう、誰もが清太、またはおばさん。

もしくはその両方になってしまう可能性があるのです。

難しいことは考えず「戦争反対!」それでいいのかも。


話が飛びすぎでしょうか。

本作品は「ジブリアニメ」ですから子供と一緒に見る人も多いことでしょう。

それなら「戦争だけは絶対ダメ!」という結論でもいいのかも。


ぐだぐだ書きましたが、明後日の「火垂るの墓」を待ちたいと思いました。

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