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◆田舎で生活10年目!◆

もう僕が都会で生きていくことはムリだと思います。

柴犬の話② 物言わぬからこそ

柴犬

こんにちは。

今日は犬の話。

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あまごは今10歳です。

僕が飛騨に来た年に生まれました。

 

またどこかで書こうと思いますが、僕は道の駅に勤めた3年後、山小屋で働くことを決め、山小屋が営業している6月から10月までの間、千葉の実家にあまごを預けていました。

2シーズン、山小屋でお仕事をさせてもらったので、あまごも2回の夏を千葉で過ごしました。

(長期間、預けたりしてごめんよ…(ー ー;))

 

そしてこの10年という月日は、僕にとってかけがえのない家族、…だけど一緒にいる暮らしている間にはその大切さに気付くこともできなかった、かけがえのない家族が次々と亡くなってしまいました。

 

2007年の1月に祖父が、

2009年の1月に祖母が、

そして2011年の2月に父を亡くしました。

 

まずはじいちゃんの時、

千葉を出て2年、年末年始に帰った時に久しぶりに見る姿の変わり様は、本当につらかったことを覚えています。

でも帰省から数日、正月の終わりと共に僕は千葉を後にしなければなりません。

 

それまであまり身近な人の死というものに縁がなかった自分は、当たり前のように次に会う機会があると思っていました。

それが飛騨に帰って、すぐまた千葉に戻ることになるとは思ってもみませんでした…。

 

死に目に会えなかったことも、この世を去ろうとしているじいちゃんの側にいてあげることもできなかった自分をずいぶん責めました。

そんな時、それまでどちらかといえば聞かん坊だったあまごが、なぜだか四六時中、僕のそばにくっ付き、いつもなら自分の寝床で寝るのに、毎日毎日僕の布団の中に入ってきては、顔をべろべろなめてくるのです。

きっと心配してくれてたんだろうなぁと思います。

 

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そして、じいちゃんがいなくなった後、今度はばあちゃんの元気がなくなりました。

昔からばあちゃん子だった僕は、体調が悪いと聞いてからは年末年始以外にも何度か帰るようにしていました。

 

ばあちゃんは、生前よく言っていました。

「なぁヒロ(僕の名前)…、もう岐阜に帰るんか?…まだこっちに来て2~3日しか経ってないのに…そんなにあっちがいいのかい?もう千葉には戻ってこないのかい?」

 

ばあちゃんはどこだかの良家の出身で、とてもプライドが高く、決して弱音などは吐かず、いつでも毅然としている人でした。

じいちゃんの看護には、バスとタクシーを乗り継いでほぼ毎日病院に通い「私があの人の最期をしっかり看取った」と胸を張るような人でした。

 

そのばあちゃんが、自分の死を前にして、行かないでとお願いしている。

あまごは、ばあちゃんの布団のまわりをくるくる周り、 ばあちゃんの足元で丸くなって背中を撫でてもらっていました。

「この子は賢い子だねぇ…ちゃんといつも、いて欲しい時にそばに寄ってくるね…」

 

 

飛騨に帰る日、ばあちゃんは言いました。

「そうだね、帰らなきゃね…、ヒロにはあまちゃんが付いてるから大丈夫だね。あまちゃん、ヒロを頼んだよ。ちゃんと良い子にして、ヒロに迷惑をかけるんじゃないよ。まじめに一生懸命生きていれば、ちゃんとみんなに好かれるんだからね。」

 

それはあまごに言ってるの…?

それとも僕に向けた最後の贈る言葉だったのでしょうか。

それからしばらくして、ばあちゃんも空へと上って行きました。

 

その時には、あまごは4日間ほど全くごはんを食べなくなってしまい、本当に心配したことを覚えています。

 

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そして最後にオヤジの時。

実はオヤジは2000年頃からガンを患っていました。

手術をするも転移が見つかり、騙し騙し生活していたのだと思います。

自身が重い病気を抱えながら、自分の両親を見送るのはどんなに辛かっただろうと思います。

 

2010年の年末。

僕は当時の彼女で現在の嫁を、初めて千葉に連れて帰りました。

病状が良くないと聞いていた僕らは、静かにドアを開けてただいまと伝えると、おやじはもう泣いていました。

あまごがすぐに駆け寄って、伸ばしてくれた手を一生懸命なめていました。

 

よく来たね。

あまごもおかえり。

 

精一杯の、父のかすれる声での挨拶。

あまごもハナで泣いていました。

 

僕は千葉を出発する日、心のどこかで、きっともう会えないと覚悟していました。

出発の日の朝、力いっぱいオヤジの体を抱きしめ、何度も背中をさすってあげました。

 

あんなに大きかったオヤジの背中。

小さい頃はバイクの後ろに乗せてくれて、遠くまでドライブに行った事もありました。

あの背中が、もう僕の両腕分くらいしか面積がなくて…本当に人生とは上手くいかないものだと思いました。

 

家を出るまでは笑顔で乗り切りましたが、最初の赤信号で止まった時には嗚咽が止まらなくなり、あまごが心配して後部座席でクンクン鳴いていたのを覚えています。

 

 オヤジはその年のバレンタインデーに静かに息を引き取りました。

 

・・・

 

 

あまごの話と言っておきながら、なんだか家族の話ばかりになってしまいました。

 

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犬は言葉をしゃべりません。

だから実際はどんなことを考えていて、何を思っているのかなんてわかりません。 

10歳になり、寝て過ごす日も少しずつ多くなってきました。

 

でも、そんな何も話さない生き物と過ごす時間だからこそ、相手の気持ちを知ろうと思うし、きっとむこうもこちらの気持ちを知ろうとして、いつもじーっと見てるんじゃないかなぁ、と思うのです。

 

子供のいない我が家ですが、嫁と犬と3人で(いずれはもっと人数も増えて笑)この家族を大切にしていきたいなぁ、と思う今日この頃です。

 

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